囲碁大会-2回目の挑戦

小学生プロの囲碁棋士が誕生した日に、市内小学生囲碁大会が行われました。

今年は息子の2回目の挑戦です。昨年の囲碁大会では5位入賞しましたが、今年はもっと上を目指して臨みました。自分のブロックの中で全勝したので、大会の1~3位決定戦に上り詰めました。

別のブロックの全勝した2人が先に対戦し、息子はその対戦で勝った人と次の対戦になりました。序盤は順調で、中盤は勝っていたのですが、終盤はあと一歩のところで逆転負けでした。悔しい思いをしました。

休憩なしで次の対戦に入り、この対戦は私にはよく理解できませんが、不利の状態と感じていました。 それでも、息子はよく相手の陣地に食い込み、相手の陣地をだいぶ減らしました。勝っているように見えましたが、結局のところ終盤で負けてしまいました。

まだまだ力不足なのですが、3位という誇らしい成績を残りました。一所懸命息子を慰めましたが、あまりの悔しさで、息子はもうやめたいと言い出しました。

試合2週間後の囲碁教室卒業式では、息子の棋力は2級と認定されました。もうじき初段になると言われたので、あと2年間続けてほしいと思いますが、果たして息子は気持ちが変わるのでしょうか。しばらく静かに見守りたいと思います。

これって腰パンの由来?

息子は中学校に入る前、制服の採寸や試着がありました。

指定の業者に採寸してもらったとき、服を着たままでズボンを試着しました。
制服の下にほかの服をたくさん着るので、おへそあたりに大人のこぶし一つ分が入るように採寸すると業者さんが言い、3年間使ってもらうため更に大きめのほうを勧められました。

見た目は大人のサイズじゃないかと思ったのですが、制服の下にどのぐらいの服を着るかや正装したときのことなどを想像できないので、とりあえず業者さんの言いなりにサイズを決めました。

いよいよ、制服を手に入ったので早速試着してもらいました。一式を着てみたところ、やはりズボンがぶかぶかでした。いくらベルトを締めても、大人のズボンをむりやり着せたという感じしか見えません。

また、ベルトを締める前に、そのズボンは腰の下にぶら下がっていたので、一瞬バンクーバーオリンピック開催直前に日本中を騒がせた腰パンのことを頭に浮かびました。
みっともないので、すぐにサイズ交換をしました。(3つ下回るサイズにしても十分余裕があるのに・・・)

このことで、もしかしたら腰パンを流行らせたのは10代の少年たちではなく、制服業者かもしれない?親も責任があると思いました。

しかし、皆3年間ずっと同じズボンが使えると期待しているわけではないので、せめて各家庭の希望を聞いてから、的確なアドバイスをしていただけたらと思いました。